猫とベランダ

ふくちゃんは夏の間、毎日のようにベランダで光合成をしていた。
朝と夕方の2回、ベランダに出てコロンコロンと寝っ転がり全身浴をするのだ。
雨が降らない限り真面目にベランダ活動(以後、ベラ活)に勤しむ。
ふくちゃんにとって夏のベラ活は人間で言うところのサウナ通いみたいなものだろう。
猛暑に負けぬよう体内時計を活性化させるための大切なルーチンワークなのだ。
そう言えばベラ活を終え部屋の中に戻ってきた時の顔はどこかスッキリしてる気がする。
俗に言う「ととのう」ってやつだろうか?
兎にも角にもベラ活後のご飯は、いつも以上に美味しくて仕方がないらしい。
お陰でこの猛暑でも食欲旺盛。
夏バテ知らずで、いつも通りのぽっちゃりなフォルムを保っていた。

ボンボンベッドの上でベラ活中のぽっちゃりさん

朝のベラ活はだいたい10時までに切り上げるのがお約束。
ベランダ愛と執着心は誰よりも強いが太陽のギラギラが激しさを増すと利口なもので一切近づかない。
洗濯を干しに出る際、うっかり一緒に出ようものなら秒で室内へ戻って行く。
床も熱いし、日焼けもする…熱中症にも気を付けなければならない。
令和の夏を甘く見ちゃいけないことを猫なりに熟知しているようだ。
なので朝のベラ活は10時までに終えると決めているらしい。

夕方になるとちょっと涼しなってきた気がするな!
ほな今からベラ活に入りますわ!!

その代わり夕方が大変なのだ。
あの昼間の茹だるような暑さを経験すると、あら不思議!
おかしなもので夕方になり日が落ちてくるだけで多少なりと涼しく感じる。
「あらイイ感じに涼しいじゃないの?」
エアコン嫌いのふくちゃんにとって夕方のベランダは楽園。
昼の間に冷え切り何となく重怠いカラダを常温に戻すのにちょうど良い。
あっ、これがふくちゃん的に言うとサウナなのだろう。
少しでも風がある日は尚のことよろしい。
冷えたカラダを程よい熱さの床と生温い風が優しく包んでくれる……
ベランダの床=岩盤浴ってところかしらね?

よっこいしょっと。
ほっこりするわ〜
あっ、カラスさんや!!

そんなこんなで夕方はべランタに出たが最後。
一向に部屋へ戻ってこないから厄介なのだ。
その間、飼い主はと言うと網戸も閉められければ何処にも行けない…
ふくちゃん的にはベランダは室内だと思ってるようだが、アレはれっきとした室外になる。
いくらい外の世界に興味がないタイプの猫とは言え一歩でも外に出ると何が起こるか分からない。
おまけに蚊も入ってくるし…困ったものだ。

そろそろ家の中へ戻るよう、あの手この手を使い説得する。
しかし腹を投げ出し極楽気分で日を浴びるふくちゃんには全く響かない。
こうなりゃ、食べ物のチカラを借りるしかない!

「おやつにしようか?」
いや待てよ、おやつという言葉ではパンチがない。

「ちゅ〜るビッツしに行こか!」


シーン………


むむっ、これでもまだ弱いのか?一番の大好物のおやつにもびくともしない。

「ご飯しよっか?」

あなた嘘ついてるでしょ?
飼い主をチラ見する、ふくちゃんの冷めた眼差しときたら…
そりゃそうだ!まだ17時過ぎなんで晩ご飯の時間ではないのは分かってる。
正確な腹時計を持ち合わせてるふくちゃんからしたら飼い主の見え透いた嘘なんてお見通しだ!

あの人、バレバレの嘘ついてはるわ…


ベラ活ってそんなに楽しいのかしら?
唯一の楽しみを奪ってはいけないと思い、あと5分、もう5分だけと渋々付き合う。
が、こっちだって忙しいんだよなぁ…

先ほどからの優しい交渉では埒があかない。
ここからは立てこもり犯(ふくちゃん)と交渉人(飼い主)の関係に一変する。
そう、私に落とせない犯人なんていない。

もうね、気分はユースケ・サンタマリア。
「交渉人 真下正義」(古い)になったつもりで犯人と対峙する。

ここで奥の手を使う。
どんなに汚い手を使っても、犯人を家の中に入れてやる!

「ほな、さいなら。わたしゃ下に行くしな〜!」
ふくちゃんの前から姿を消し下の部屋へ行くフリをする。
ワザとらしく大きな足音をたて階段を2段ほど降りて息を潜めながら様子を伺う。

チャッ、チャッ、チャッ、チャ………

しばらくするとフローリングを歩くふくちゃんの足音が聞こえてくる。

よっしゃーーー!!
引っかかったーーーー!!

随分姑息な交渉(!?)の手段を使ったけれど。
17時30分、犯人確保及び交渉は見事に成功した。

そんな感じでしばらくの間は「交渉人 真下正義」大作戦で夕方の平和なひと時を死守することができていた。
が、しかし…
夕方に繰り広げられる、ふくちゃんと飼い主の小競り合いも数日経てば新たな局面を迎える。

「ほな、さいなら。下に行くしな〜!」
例の如く捨て台詞を吐き、ふくちゃんの前から姿を消す。
そしていつものように階段を2段、3段と降りて息を潜めながら様子を伺う。

しかし待てど暮らせど、ふくちゃんの足音は聞こえてこない。

チャッ、チャッ、チャッ、チャ……………

待てど暮らせど聞こえてくるはずの可愛い足音は聞こえてこない。
もうね、どんなに耳を澄ませてみても空耳ですら聞こえてこない。

ある日を境に飼い主の姑息な交渉に屈しなくなったのだ。
そう、ふくちゃんはおりこうさん。
日々、いろんなことを吸収し学習している。

「飼い主は下の部屋には行ってない。」

壁一枚隔てた廊下で、ふくちゃんのことを待っているって気付いてしまったらしい。

そんなことは露知らず、痺れを切らしベランダの様子をそっと見る。
すると、さっきまで居たはずのふくちゃんの姿が見えない!
慌ててベランダへ向かうと室内から死角となる場所でまったり過ごしてるじゃないの…

「だって飼い主は、ふくちゃんのことを放ったらかしにして行けないでしょ?」
自慢のぽっちゃりお腹を投げ出して余裕の表情で見上げてくる。
どうやら飼い主の交渉人としての腕前はポンコツだった模様。
と同時に、ふくちゃんの方が何枚も上手だったことが明らかになった。

ほら飼い主ってば、やっぱり其処に居たやん!!

こうして夏の間ベランダで繰り広げられてた仁義なき戦いも肌寒くなってきた今となれば良き思い出。
最近じゃ一緒にベラ活しようぜ!ってしつこく誘っても断られる始末。
ベランダという名のサウナに見向きもしなくなったふくちゃんに一言物申したい。
秋こそベラ活に最適な季節だと思うんだけどなぁ…?

過ごしやすくなった今こそベランダに篭城してた、あの夏の粘り強さを見せて欲しいものだ。

「まだまだ入りませんからね!」柱の影に身を潜めてたふくちゃん


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